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2018.10.30 正しさも悪さも無い道へ
タイトルに縛られている、時間に縛られている
誰かに縛られている、自分に縛られている
しかし欲しいのは自由ではない、夢でもない
生きることを殊更に有難がって生きたいわけでもなく
かといって全ての関係性を断ち切りたいわけでもない
欲しいものが無いことを自分自身で許容したいのである

良し悪しで歩きたいわけでもなく、誰かの共感に縋りたいわけでもなく
生きることに向き合い続けたい、生きる意味を求めるでもなく
生きる価値を理解しようとするでもなく
ただただ私が生きていることに向き合いたいのである
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2016.12.10 願いごと
昔は嫌で嫌で仕方なくて辞めようとした
それでも時が経つにつれ嫌なことが少しづつ消えていき、
居心地の良ささえ感じるようになった
そんな穏やかな日常が手に入ったのに、手に入れたかったものがこれなのかと
そんなもやもやした気持ちがくすぶり始めた

今は自分の可能性を知りたくて辞めようと思い始めた
ただその先に見えるものがないから、歩く先もわからないままである
思い返せば色々な人の顔が浮かび上がってくる
だから踏み出すことはできない、さようならをすることができない
今までの自分を裏切るような気がしてならないし
今までの自分に誇りを感じるからこそ踏み出したいとも思う

逃げ出したい私はもういない、それでも戦えない私はいる

2016.12.06 平等という名の戦車
みんな同じが良いという一つの世界
そういう世界では個性が大事とか、違いがあっても良いとか
そういった意見に、新鮮さや真実味を感じるのかもしれない

みんな違うことが良いという一つの世界
そういう世界では画一的が大事とか、一緒であっても良いとか
そういった意見に、新鮮さや真実味を感じるのかもしれない

同じという平等、違うという平等
この広い世界で人間はこの綱引きを常に続けている
時にそれはしょうもない会話の中であったり
学校や会社の中の議論であったり
裁判の中や国会の中であったり
ヤクザであったり、宗教であったり
戦争であったり、デモであったり
引っ張り引っ張られ、どちらかが倒れるまで続けて
相手が倒れたのならば、また引っ張り合う誰かを探す

その綱の先には何があるのだろうか
その綱の後ろには何があったのだろうか
無敵の戦車は今日も人類を誘う


2016.12.04 ダテメガネ
自分は世界をきちっと見ているんだ
自分は自分の意思を持って世界に対峙しているんだ
自分はあなたのことをちゃんと見ているんだ
自分は自分に逃げることなんてしていないんだ

そう思う、そう思っていた、そう思い込もうとしていた
自分の行動に間違いにはあるかもしれないけれど
自分の意思には正しさがあると思い込もうとしていた

私の世界がモノクロなのはこの歪さなのかもしれない
知った風な気になっていた、無意識に目を逸らしていた
そんなことを続けていったら、自分なんてものはどんどん薄まっていく

自由になった私も、歯車になった私も、自分でしかないのに
変革を望んだ私も、停滞を望んだ私も、確かに自分であるのに
昔はもっと色んなことを悩んでいたのに
今は1と0を考えることばかりになっている

現実を見ても夢を見てもモノクロなのだから
悲しくもないしうれしくもない
まったくもって「仕方がない」ただそれだけしか浮かんでこない

疲れたら倒れれば良い、別に起き上がらなくたっていい
人への迷惑もよっぽどのことじゃなければいい
黙っていたっていい、笑わなくなったっていい
そこに居なくたっていい、頑張らなくたっていい
やりたいことがなくたっていい、長生きしなくたっていい
子供のままだっていい、夢がなくたっていい、希望がなくたっていい
自分が自分でなくたっていい
全部失って地面の上に仰向けに倒れて、眺めた空に答えなんかなくたっていい

世の中はなくたっていいことで溢れている
人間以外の生物はなくたっていいものはあんまり生み出さない

なくたって良いとしても、そこにいて欲しいと思われたい
人は人がいなければ人である必要が無いのかもしれない



2016.03.19 他者嫌悪
あなたが比べることによって、私とあなたの距離は遠くなる
あなたが求めることによって、私はあなたと離れたくなる
あなたの自由が私の不自由にならないように
あなたの優しさが、私の傲慢にならないように

弱いこと、苦しいことは誰にも見ては欲しくなかったのに
強く正しい自分が独り歩きし始めた日から
もっともっと苦しくなって
弱いことをわかって欲しい、苦しいことをわかって欲しいと思うようになった
しかしそれでも求められるのは強く正しい自分であった
だから苦しい顔も、弱い背中も見せるわけにはいかない

何が辛いのか
強くならないといけないことか、苦しい顔をしないことなのか
しかしそんなことは嘘でどうとでもなる

辛いのは託す人の気持ちが理解できないこの心にある
何ひとつ波風も起きないこの心にある

生きることは死ぬことでないことではない
人が生きることは生きることでもない
ならば生きることとは何であるのか

想像をしよう、無限の世界を
創造をしよう、心の在り方を



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